最近は、労務関連で「エンパワーメント」という言葉を耳にする機会も多くなっているのではないでしょうか。今までこの言葉を聞いたことがない方でも、「パワー」が中に入っているから、「力量」について関連する言葉なのかなという想像はするのではないかと思います。
今回は、「エンパワーメント」について、そして企業の成長とどう関連するかを解説していきます。
「エンパワーメント」の意味
「エンパワーメント」は、英語では”empowerment”と書きます。もともとの意味は、「力をつけること」という意味です。
ここから転じて、企業経営の分野では「従業員の能力を向上させるために、権限を委譲すること」という意味で使用されています。今までは上司が持っていた権限を現場に渡し、部下自身が自主的・自律的に行動できるようにするための支援活動です。
「エンパワーメント」の実例
ここでは、有名ホテル「リッツ・カールトン」でのエンパワーメントについて例を挙げましょう。
リッツ・カールトンでは、従業員の判断により、お客様に対するサービスを提供する権限が与えられています。例えば、お誕生日に宿泊したお客様に対し、バースデーカードを準備することができます。
また、サービス提供のため、従業員は1人のお客様のために1日に最高2,000ドル(約22万円)を、上司の決裁を仰がずに自分の権限で決裁することができます。これにより、従業員自身が自分で考えたサービスをスピーディーに宿泊客に提供することができるようになっています。
一例では、大阪で講演し、リッツ・カールトンで宿泊していた大学教授が、極秘書類をホテルに忘れたまま新幹線で東京での講演に向かったことがあります。FAXで送ってもらうと人目に付くからどうしようかと思案に暮れていたところ、忘れ物に気づいた従業員が新幹線に飛び乗り、教授に無事に資料を渡し、講演会に間に合わせることができました。これも、その従業員に2,000ドルの決裁権があったからこそ、スピーディーに行動に移せたのです。
これで、この教授は、リッツ・カールトンの大ファンになったそうです。
「エンパワーメント」の裏にあるもの
とはいえ、リッツ・カールトンも闇雲にこのような決裁権を与えているわけではありません。
このような決裁権を与える前に、マニュアルトレーニングをしっかりと行います。まずはリッツ・カールトンの流儀、型を教え込むことによって、企業理念や哲学を体で理解してもらうようにします。そして、この研修が終わり、終了証をもらって、初めて2,000ドルの決裁権が与えられます。
つまり、野放図に決裁権を与えているのではなく、基礎となるリッツ・カールトンのスタイルを理解させたうえで決裁権を与えているのです。
そして、終了証を渡して決裁権を与えているというのは、従業員を信頼しているという企業側からのメッセージでもあります。また、リッツ・カールトンでは、従業員は「クレド」というカードを渡されます。「クレド」とはラテン語で「信条」という意味で、企業の理念が書かれています。
リッツ・カールトンの「クレド」には、冒頭にこのような文言があります。
「お客様への心のこもったおもてなしと快適さを提供することをもっとも大切な使命とこころえています」
従業員は、このクレドを一日に何回も目を通すことで、リッツ・カールトンの企業理念を忘れずにサービスをします。
このように、企業理念や従業員のなすべきことを明確にさせているからこそ、従業員もお客様の喜ぶおもてなしをしますし、また、自分の判断で最高2,000ドルまで使えるということで、安心して自分の考えたサービスをすることができるのです。
企業の成長にとって、従業員のエンパワーメントはキーになりうるか
「企業の成長にとって、従業員のエンパワーメントはキーになりうるか」についてですが、このような事例を見れば、答えは「イエス」であると言えます。
とはいえ、今までも見てきましたように、この答えが成り立つには、いくつか条件があります。
まず、「何のためにエンパワーメントをするか」を明確にすることが第一条件です。
そして、エンパワーメントがお客様のため、そして従業員のためであることが明確であることも必要です。目的が不明確なままエンパワーメントを行うと、従業員からの不信感を買います。
例えば、上司が楽をするためのものではないか、責任を自分たちに押し付けて上はあずかり知らずといった態度をとるのではないかなどの疑念が生まれる可能性も十分にあります。そのようなことを未然に防ぐためには、何のためにエンパワーメントを行うのか、また、そのエンパワーメントは、誰にとってどのようなメリットがあるかを明確にする必要があります。そういう意味では、エンパワーメントを実施するには、事前に従業員に対して説明をするなど、従業員に目的を理解してもらう必要があります。
最後に
エンパワーメントは、企業の成長にとってのキーになりうるものですし、一つの方法論でもあります。
しかし、やり方を間違うと、効果を発揮しないどころか、逆効果になる危険もあります。エンパワーメントを効果的なものにするには、目的を明確にすることが一番と言えるでしょう。