先進企業ではすでに常識? 人をランク付けしない評価「ノーレイティング」

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アメリカを中心に先進的な企業で広まっている「ノーレイティング」という人事評価制度がある。”No Rating”、すなわち 評価しない、評価をなくすとはどういうことなのか。どのような制度でどのようなメリットがあるのか。従業員のモチベーションはどのように保たれるのか。そのトレンドとAdobe での具体的な取り組みをリポートする。

AdobeやGEではもはや「人をランク付けしない」

いま、アメリカを中心に、AdobeやGEなど先進的な企業で、人事評価制度に「ノーレイティング」を導入する機運が高まっている。

ノーレイティング」は端的には、年度単位の業績に応じて、社員をランク付けする年次評価をなくすものだ。注意したいのは、年度ごと、細かい項目ごとに評価してランク付けするのをやめるという意味であって、評価自体をやめるのではないということだ。

アメリカでは従来から、成果主義にもとづいた目標管理制度(MBO management by objectives (and Self Control))が従業員の評価のしくみとして一般的に用いられている。

MBOはそもそも組織の全体目標に合致した形で個々人の目標を決めて、自分でコントロールしながらその目標の達成に励み、上司はそれを支援し、結果的にその到達度を評価することで、仕事の成果を高めるものである。人事評価制度のためのものではなく、組織のマネジメントのための手法として経営学者のP.F.ドラッカーが提唱したものだった。ただ近年は個人の業績と目標を厳密に管理し、その到達度に応じて評価を下すことに主眼が移ってしまったきらいがあるのは本末転倒といえる。

ともあれ、より精度の高い評価のために、MBOの考え方の延長上に、さまざまな評価制度が発達してきた。たとえばGEでは9ブロックと呼ばれる制度を活用していた。これは、縦軸で業績を3段階に分け、横軸でバリューを3段階に分けた9ブロックで従業員を順位付けするものだ。

MBOを主体とした評価制度の限界

しかし、2010年代には、長らくアメリカで採用され続けてきた目標管理による評価、定期的な順位付けでは現状にそぐわない点も指摘されるようになってきた。グローバル化やテクノロジーの進展によるシステムやツールの複雑化で評価項目が増加し、評価を担うマネジャーの負担が増加の一途をたどったことがまず挙げられる。また、1年に1度の評価では、現場で必要とされる、従業員のより高度な能力やパフォーマンスの開発には追いつかないということもある。さらには、レイティングのために、モチベーションが低下し、結果的にパフォーマンスの向上につながらないことも深刻な問題である。そもそも、杜撰な運用では、達成しやすい目標を設定してたやすくA評価を得たり、目標の設定が巧妙な人だけが高評価を得ることにもなりかねない。しかも結果だけではその過程の情報がそっくり抜け落ちてしまうため、本人の成長のポイントや事業自体のボトルネックについてのヒントが捨象されてしまうことも企業にとっても大きな損失である。総じてマネジャーの手間のわりに業績アップや本人の能力開発につながっていないことを憂慮する企業が増えてきたのだ。

評価後に離職者が急増し、Adobeのレイティング廃止

2012年、画像編集ソフトPhotoshopやPDF編集加工ソフトなど数々の世界ブランドを展開し、現在ではクラウドシステムで先進的なサービスを提供するAdobeは新たな人事評価制度として世界40カ国の拠点で、「チェックイン(Check-in)」を導入した。従来のような人事評価を廃止し、従業員とマネジャーが自ら優先事項を決め、互いにフィードバックを与えながら、継続的にキャリアアップを考えることを重点目標にするものだ。

きっかけは評価結果通知後に離職が増えることだった。Adobeはかつて、年間目標の達成度合いで従業員をレイティングする「アニュアルパフォーマンスレビュー」というしくみで評価を行っていた。しかし、評価の際のランキングが、ほかならぬ従業員のデモチベーションとして、従業員の生産性を阻害していたのである。そこで、期末評価をやめ、その代わりに、期中に従業員とマネジャーに日常的に頻繁にコミュニケーションを取らせ、従業員の能力最大化を支援することを目標にした。業績管理評価から業績最大化を志向し、目標や業績の管理より能力開発に重点をシフトさせたのである。またそのために年1回ではなく日常的に細かくフィードバックを行い、ワン・オン・ワンと呼ばれる、一対一の面談で、適宜細かくキャリア目標を話し合う機会も設けた。

結果、同社の離職率は過去最低の水準に低下し、従業員の仕事への意欲が高まり、会社の業績も向上した。また社員の査定に費やす時間は年間10万時間以上削減したという。

Adobeの新評価システム「チェックイン」

「チェックイン」の概要を紹介しよう。
チェックインは期待、フィードバック、開発の3つのフェーズからなる。
従業員がどんな業務において、どのような期待をされているかを明確にして確認し、フィードバックを共有し、業績向上のための開発ニーズについて話すのがチェックインの目標だ。

1.期待フェーズ:

まず、成果物、行動、貢献の観点から、従業員が何を期待されているのかについてマネジャーと本人が合意する。

2.フィードバックフェーズ:

次に、マネジャーと従業員が頻繁双方向のフィードバックを行い、1)の期待フェーズに対する従業員の進捗状況を把握する。従業員がよりよく働くために、マネジャーから現状とはちがった形のサポートが欲しい場合は、それをマネジャーに伝えられるようにする。

3.開発フェーズ:

従業員は自分のパフォーマンスがどのくらいであるのかを理解したのち、学習、キャリア、経験の面で実践的な目標を立てる。
(Adobeでは「チェックイン」のしくみをオープンソース化し、同社のサイトで公開している。マネジャーと従業員の対話で使われるワークシートなど、ツールやキットや素材も自由に使用できる。https://www.adobe.com/check-in/toolkit.html

このように、継続的に、短期間のフィードバックやコーチングを行い、従業員とマネジャーが日常的に業務やキャリアについて話し合い、能力向上を目指す。業績よりも人の育成を重視することで、結果的に企業自体の成果も上がるというわけだ。

年次評価をやめ能力開発に重点

なお、GE、デロイト、ゴールドマン・サックスでも同様の方向性の試みが行われている。いずれも年次評価をやめること、能力開発の支援のため上司部下のコミュニケーションの質と頻度を上げる、フィードバックを重視することなどが共通している。点数で差をつけるよりも、個々人にとって必要な将来のためのアドバイスを供するのだ。

ただ、ここで問題になるのは、給与や昇進をどのようにレイティングなしで行うのかということだ。ノーレイティングを導入している会社の多くは、部署ごとに給与の原資が配分され、マネジャーの裁量で、個々人の給与や昇進を決定している。それはマネジャーが日々のミーティングで個々人の能力や貢献度を細かく丁寧に見極められていることが前提である。

ちなみに日本では、ノーレイティングではないが、ヤフーが1on1ミーティングを2012年より実施している。これは毎週30分直属の上司が部下と話し合う時間を持ち、コーチングを行うものだ。(https://about.yahoo.co.jp/hr/workplace/training.html)

組織や上司への信頼感日頃の対話が前提

ノーレイティングの取り組みは増える機運にあるが、課題もある。組織や上司に信頼感がなければそもそも人事制度として成立しない。また、ミーティングの時間の使い方も、業務についての話し合いと、キャリア支援の話し合いをきっちり分ける必要があるだろう。
そして、いうまでもないことだが、マネジャーと従業員のあいだに、制度に強制されない自発的、日常的な対話とフィードバックがなければ機能しない。

Volatility(変動性・不安定さ)、Uncertainty(不確実性・不確定さ) 、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性・不明確さ)、VUCAの時代といわれる昨今、絶え間ないビジネス環境の変化に対応するためには、従業員のパフォーマンスをいかに最大化するかがますます重要になってくる。ノーレイティングは会社のための評価から、個人の成長、育成、能力最大化を加速するトレンドといえるだろう。ただし、採用している企業の顔ぶれからも明らかなように、なまじな土壌では成立させることも、機能させることも難しい試みであることだけは確かだ。

参考:https://www.works-i.com/works/item/w138_toku1.pdf
https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/data/pdf/20170331001-1.pdf
https://blog.adobe.com/japan-conversations/adobe-performance-review-study/
https://seleck.cc/1071
https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2015/04/pdf/040-041.pdf